九萬坊について

九萬坊とゆかりの場所

加賀百万石以外の金沢

金沢城や兼六園、武家屋敷など、
主に加賀百万石の歴史を売りとする観光都市、金沢。
しかし、加賀百万石以外の歴史にも興味深いものがある。
重要なキーワードのひとつとして「九萬坊(くまんぼう)」を挙げたい。

この記事では、九萬坊の歴史の説明と関連する場所として、
金沢市三小牛町の「黒壁山薬王寺九萬坊権現」、
金沢市窪の「満願寺山九萬坊権現」の2箇所を取り上げる。
観光ガイドには載らないディープな金沢の紹介だ。

金沢と九萬坊伝説


九萬坊とは金沢に古くから伝わる天狗信仰のことで、
実は加賀百万石の金沢より遥かに長い歴史がある。

とはいえ、九萬坊の歴史は伝承に基づくものが多く、
実際のところ全容はよく分かっていない。なにせ天狗の伝説だからだ。
以下の年表は、史実と伝承、専門家の推論が混ざった非公式なものだが、
大体こんな感じのものだと思っていただければ幸いだ。

7世紀以前

現在の金沢城の場所に九萬坊という天狗が住み着き、一帯で勢力を誇る。
土着の住民と関わりを持たず、山で暮らしていたという性質から、
その正体は「山伏の修験者」や「大陸からの外来民族」という説がある。

8世紀

修験道の僧・泰澄により、白山など北陸の山々が開山。
黒壁山(現在の三小牛町)で修行した際に九萬坊が現れる。
それがきっかけとなり「黒壁山」に祠が設置される。

当時の加賀地方は、白山信仰、医王信仰などの山岳信仰が栄えており、
九萬坊もそれらに関連するものとして信仰される。

14〜15世紀

富樫一族が守護大名として加賀の国を統治。
九萬坊の祠は富樫氏の祈願所だったとされ、黒壁山から満願寺山を越えて、
富樫氏の本拠地があった金沢市富樫地区へ行き来していたとされる。

今も満願寺山には「満願寺山九萬坊権現」として名残が残る。

同じ頃、蓮如により一向宗(浄土真宗)が広まり、
しばらく山岳信仰と共生するものの、だんだん対立し、
白山信仰、医王信仰の寺院の多くを破壊する。
九萬坊の祠は黒壁山から三小牛町の「奥の院」に移される。

やがて一向宗と富樫氏は全面戦争(加賀国一向一揆)となり、
その結果、今の金沢城の場所に「尾山御坊」が完成。
以来約100年間、武士の支配から脱却した「百姓の持ちたる国」が続く。

16〜17世紀

織田信長の本願寺(浄土真宗)勢力の排除により、
家臣の佐久間盛政が「尾山御坊」を徹底的に破壊。初代城主になる。
しかし、佐久間盛政は賤ヶ岳の戦いで秀吉軍に破れる。
一方で前田利家は秀吉側に寝返り、結果として金沢城へ入城。

その際、金沢城にいた九萬坊を黒壁山の麓に封じるが、
九萬坊の祟りか度重なる落雷で金沢城の天守閣は焼失する

おそらく、前田家の指す九萬坊とは抵抗した一向宗と考えるのが自然だろう。
金沢城にはそれまで「尾山御坊」があり、そうしないと辻褄が合わない。

江戸時代に入ると、金沢の武士の間で九萬坊の霊力が信じられ、
剣術の修行や刀の祓いなどに利益があるともてはやされる。

春秋2回の大祭では武術の試合が開催され、加賀藩の内外で知られたものとなる。

18〜19世紀

明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により、
九萬坊の祠は黒壁山の岩壁にあった権現像を含めてすべて破壊される。
九萬坊は邪神とされ、黒壁山は近寄ってはならない魔所とされる。

泉鏡花や室生犀星の文学作品にも、九萬坊を恐ろしいものとして描いたものがある。

その後、修行者の松本米二郎が現在の権現堂を再建。
黒壁山の祠も再建し、天台宗黒壁山薬王寺として再開。
以来、一部民衆に信奉され謎の天狗権現となり今に至る。

黒壁山薬王寺九萬坊権現について

【名称】黒壁山薬王寺九萬坊大権現
【住所】石川県金沢市三小牛町20-1-5

金沢市三小牛町にある「黒壁山薬王寺・九萬坊権現」。
今も九萬坊を信仰する門徒らが集う寺院となっている。

場所は北陸学院大学よりさらに奥。金沢駅から車で30分ほどだ。

こちらが本堂。明治時代に再開された寺院となる。
建物の左側に「奥の院」へ続く参道の入口がある。
特に拝観料は必要ないが、気持ちが伝わる程度のお賽銭は用意したい。
この寺院はいわゆる観光寺ではないのだ。

参道は片道15分ほど。川のせせらぎ沿いに階段と細い道が続く。
写真のように苔が生い茂っており、道が滑りやすいので注意。
山歩きに適した動きやすい服装と靴が必須だろう。

いかにも歴史を感じる参道。
すれ違う人は誰もおらず、辺りは静寂に包まれている。

最後は急斜面の石段。まさかの鎖場に出くわす。
登った先にあるのが「奥の院」。九萬坊が祀られている。
観光都市金沢の「ラストダンジョン」というべき雰囲気だ。

ちなみに、祠の横からは九萬坊が現れた「黒壁山」への参道があるのだけど、
参道は崩壊しており、容易に行ける雰囲気ではない。

「満願寺山九萬坊大権現」について

【名称】満願寺山九萬坊大権現
【住所】石川県金沢市窪1丁目

金沢市窪の窪団地の頂上にある「満願寺山九萬坊権現」。
こちらはこじんまりとしており、ひっそりと鄙びた雰囲気だ。

黒壁山薬王寺九萬坊権現からは車で10分。
金沢駅からは車で30分ほどとなる。

こちらも特に拝観料は必要ない。そもそも普段は無人のようだ。

参道の場所が分かりにくいので注意したい。
正面の階段を上ると拝殿があり、その左脇から裏へ回ると
「富樫大明神」と刻まれた石碑がある。そこから山頂まで参道が続いている。

所要時間は片道10分ほど。ひたすら登り階段が続く。
急勾配の階段は登りづらく、歩きやすい靴は必須だろう。

距離は短いものの、こちらもいかにも歴史を感じる参道だ。
「窪の住宅地にこんな場所が」と驚かれるかもしれない。
また、訪れるタイミングによっては通行止めになっていることもある。

2018年8月の様子、写真のように雑草が生い茂っており
全く中へ入ることができなかった。

ちなみに、長い階段を登りきった先は殺風景な小屋があるだけで
それ以外は何もない。山のてっぺんなのに景色は全く見えないのだ。
史跡としては価値があるが、それ以上のものは期待しない方がよさそうだ。

※2018年11月時点の情報です

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