卯辰三社にて

卯辰三社という観光地

故郷金沢への想いは遠ざかるばかり

お盆に金沢市内を散策する時間があった。
しかし、自分の故郷金沢への想いは、
何故か遠ざかるばかりだった。

ひがし茶屋街の近くの観音坂にレンタサイクルを止めて、
卯辰三社まで歩いた。人だらけの観光地とは違って、
真夏に卯辰山中腹まで山登りする観光客はおらず静かなもの。
古い石段が続くなか、蝉時雨だけが聞こえていた。

「自分の郷土愛がすっかり冷めたのか?」
「それとも街の雰囲気が変わったのか?」

この数年なんだか魔法が解けたみたいな気持ちなのだ。
いずれにしてもこういう辺鄙な場所まで行かないと、
自分の求めるものはない気がした。

今の金沢は観光都市の成功例とされているようで、
いつも観光客で賑やかだ。今なお多くのホテル建設が進む。

しかし、それは果たして良かったのだろうか?
と冷めた目で見る自分がいる。

そんなものより、ごくありふれた景色だと思っていた
昭和時代の普通のビル、普通の家屋が、
どんどん建て変わり、”東横イン”みたいな質感の
現代のビル群と大量の駐車場に姿を変えていく。

金沢は景気が良いにも関わらず、なぜこうも同じような質感で、
同じようなお店やホテルばかりが増えるのか?
御影石やレンガをまとい、しっかりお金をかけて作られたビルが、
コストをギリギリまで切り詰めたような、
合理性で固められた景観に短期間で変わっていく。

それに対して世論は「金沢は活気がある」「発展している」と
妙に肯定的なのが気に入らない。反骨の精神を気取っていると、
独りよがりなバカと思われそうなくらいである。

年寄りが言うところの、高度成長期のような空しさかもしれない。

神社の帰りは、観音坂の喫茶店で飲み物を飲んだ。
何もひとり感傷に浸かりたかったワケではなく、
あまりにも外が暑かったのだ。

観光地の外れにある混雑と無縁のお店と、
寡黙な店主の作る、やけに量が多い無骨な感じのドリンク。
これがやけに居心地が良かったのだった。

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