猛暑に思う

エコについての主張

今年の夏は暑い、しかし・・・

「暑過ぎるからクーラーをつけるか?」
「未来のために利用を制限できるか?」

言い換えれば、目先の利益か、長期的な利益か。
温暖化問題は本質的にそういう問題だと思っている。

ガラス張りや吹き抜けを多用した先進的なビル。
巨大なボディーのSUVやミニバンのエコカー。
不必要にライトアップされる公園や街並み。
国内外への移動需要が増大するグローバリズム。


(富山市の近年できた公共施設)


(光り輝く高岡市のショッピングモール)

この頃もてはやされるのは”省エネ”はなんのそので
エネルギー効率がやけに悪そうなものが多くみられるけれど
いずれもあまりエコとはいえないし、それらがカッコいいと
手放しで喜ぶのは罪悪感がある。こんな未来で良かったのだろうか?

長年エコ、エコ言っていたのは一体なんだったんだろう?
本質的には昭和40年代製の「万葉線の非冷房車」の方が
エコな気もする(笑)


(猛暑でも窓全開で走る万葉線の非冷房車)

未来をどうするかは、今なお個人の判断にある

最近は大企業や専門家のすることに、
異を唱えにくい風潮があるかもしれない。
とはいえ、大企業や専門家が示す未来を受け入れるかどうかは、
今なお個人の判断にあるだろう。

自分としては、自転車の範囲くらいで生活が完結し、
誰もが自宅の縁側で夕涼みできるような未来が理想だ。
今の社会は、今後数百年、数千年と持続可能な文明すら
築けていないのだから、派手でピカピカしたモノよりも
まずそこを目指すべきじゃないかと思う。

しかし現実は、都市部では古い城下町の面影が残る姿から
コンクリートとガルバリウム鋼板の壁みたいな景色に変わり
郊外も田園地帯が大規模に造成されて人工物で覆われた景色になりつつある。
これの一体どこがエコなんだろうか?


(我が故郷、金沢・・・)


(大規模造成中のイオンモール高岡周辺、長さ600Mの巨大モールに拡張するとか)

「壊れてもないのにモノを買い替える」とか
「自分の欲求のために、意味もなく出掛けまくる」。

かつてご年配の方は、そういうことに眉をひそめていたものだけど、
今じゃ彼らが率先してそうなのだ。ピカピカなビル、大きな車、
質素より派手な生活。この国は随分変わったなと思う。
そういう物質至上主義的な価値観が隅々まで行き渡り、
都市の姿すら急激に変えているようだ。

自分はそこへの反発もあって、ケータイは買い替えないし、
自転車も壊れるまで使っているのだけど、
どうやらそんな人は少数派だ。

今のご年配の方にはあまり期待していないのだけど、
堅実とされる今の若者がどういう風に考えているのか興味深いところだ。