地方の時代

「地方の未来」を考えてみる

メディアなどでは「これからは地方の時代だ!」と言われて久しい。
しかし、高岡はこの10年でずいぶん衰退が進んだ印象がある。

今回は高岡の風景を切り取りながら、
自分が漠然と感じている「地方の未来」について書いてみたい。

高岡と過去の遺産

高岡にある過去の遺産とは、高岡大和のような中心部の大型商業施設、
高岡駅前から広がるアーケード街や駅前地下街、
高密度に民家やビルが集積した古い市街地。
そして、中心市街地で行われるお祭りなどのことだ。

それらの遺産は、今の高岡では新たに生み出すことが出来ないほど、
立派なものなのだけど、それらを維持するための民間活力は
もはや失われているというのが率直な印象だ。

しかしながら、行政主導の各種イベントや中心部活性化事業によって、
中心市街地の立派な遺産はどうにか維持されている。

今の高岡の中心市街地は公的な何かに頼らなければ、
商売が難しいというのが実態かもしれない。

写真の高岡駅南口のビルは元ダイエー。
その後入居していたパチンコ屋も撤退し、巨大な空きビルになったままだ。

高岡は日本の未来を先取った姿

少子高齢化が進んだことにより、いよいよ国力が落ち始めている。
最近はそんなことを匂わせるニュースが多くなってきた。
日本の総人口は2008年をピークに減少が始まっているのだけど、
富山県全体ではそれより10年早く減少が始まっており、
高岡市は1985年から30年以上も人口減が続いている。

人口減少という観点でみれば、高岡の風景こそ、
日本の10〜20年先の未来を先取りした姿なのかもしれないのだ。

高岡市本丸町付近。空き地が目立つ住宅地は昔の一等地。
昔ながらの風情があるといえば聞こえは良いが、新しい建物が非常に少ない。

木造三階建てが連なる金屋町周辺。
金沢でもほとんど残っていないような古い町並み。
この辺りの千保川を挟んだ金屋町、川原町、川原本町周辺は空き家が多い。

店主の高齢化に伴い”あの店”も次々閉店。

駅前にも関わらず、自然崩壊する下関町の老朽家屋。
高岡の市街地を注意深く眺めていると、こんな光景は決して珍しくない。

今後少子高齢化がさらに進むと、社会保障費が増大し、
国や地方の財政状況がいっそう悪化していくと思われる。
そこで自分がなんとなく予感しているのは、公的な支援によりどうにか維持されていた
中心市街地の過去の遺産が真っ先に切り捨てられていく未来だ。

そうなれば高岡の中心部は加速度的に衰退するのではないだろうか?
公的な財源に頼るものは、全て立ち行かなくなるかもしれない。

老後移住・移民・ヒッピー

しかし、衰退の未来を先取っている高岡にこそ、古いものや行政に頼らない、
全く新しいライフスタイルが生み出されるのではないかという淡い期待がある。

高岡の現状から、なんとなく見えてくるキーワードは、
「老後移住」「移民」「ヒッピー」の3つだ。

今後、東京の高齢化は日本一のペースで進む予測があるのだけど、
高岡の高齢化はとっくに始まっており、そのタイムラグを活かして
「東京の引退した人たちが安価に暮らす移住先」としての活路はあるかもしれない。

移民については、高岡・射水はすでに全国有数のパキスタンコミュニティがある。
そのため、一般市民にもパキスタン人の飲食店が浸透しており、
某カレー屋の店長などは、カレー好きの若者の間で「メガネ兄貴」と
カリスマ的に崇められているほどだ。

元々の治安の良さや、医療、教育水準が高いことに加え、
他の先進諸国よりかなり割安になった日本の物価や不動産が、
外国人にとっても魅力なのだろう。

最後のヒッピーというキーワードだけど、高岡近郊の山間部に出掛けると、
ヒッピー的な若者らが自然派農業に励んでいるのを見かける。
彼らはシャッター通りとイオンしかない退屈な街から抜け出して、
新しい生き方を模索しているのだろうか?

いずれにしても、今までの仕組みが行き詰まっている高岡こそ、
いち早く新しいライフスタイルが生み出される余地がある。そこに注目したいところだ。

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